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kyoto monogatari
Nakajima Mitsuyuki

オラファー・エリアソンの”坪庭”が京都の町家に出現、建築は重松象平・京都会員制サロン「ものがたり」

小説家・フィルムメーカー川村元気の呼びかけで、世界的アーティストと建築家がコラボレーション。町家をリノベーションした会員制サロンとは?

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京都に会員制サロン「ものがたり」が誕生した。企画したのは小説家、フィルムメーカーとして数々の映画や小説を生み出してきた川村元気だ。建築家にはOMAのパートナーでニューヨーク事務所の代表を務める重松象平を迎え、世界的アーティストであるオラファー・エリアソンがこの場所のために特別な作品 The nowhere garden を制作した。

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京都の路地裏に佇む町家。「ものがたり」の文字が書かれた提灯を横目に、格子扉から内部に入ると、意外な光景を目にすることになる。そこに立ち現れるのは不思議な"坪庭"。コンクリートを用いた床面にはかなげな光が漂う。視線を上げると、さまざまな形状のミラーや映写機のような照明器具が。オラファー・エリアソンによるインスタレーション作品 The nowhere garden だ。

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2年ほど前に初めてこの場所を訪れたというエリアソン。京町家に特徴的な空間、坪庭については、その際に川村から説明を受けて初めて知ったと言う。「実用的であるだけではなく、見る者の精神にも訴える、簡単に定義ができないこの空間をコンセプトに作品をつくりたいと思いました」とエリアソン。

吹き抜け空間の最上部に設置されているのは、光の3原色を調整することができる照明器具。ベルリンの企業が特別に設計したものだ。これが1フロア下に位置する、ガラス壁と一体化したミラーに強力な光線を照射し、その光はさらに下の円板へ。坪庭内で繰り広げられる“光の旅”はさらに続き、それぞれゆっくりと回転する円板から、表面が波状に加工されたミラーへと向かう。入り口で目にしたのは、ここから反射した光だ。

この言葉にしがたい光についてエリアソンは「魂と捉えてもらってもいいし、ゴースト、あるいは神だと考えられるかもしれない」と語る。「正しい見方はありません。光の色は時間によって変化するし、コンクリートだって異なる色に見えてきます」

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「ものがたり」は、川村の発案から生まれた企画だ。「いい意味で閉ざされたエリアで、クリエイターたちが交流する場をつくりたかった」と川村。そんな時に出合ったのが、この町家だった。京都らしい風情は魅力だが、制約も多いこの物件。これをどうしたらユニークなものにすることができるか考えていた時、「日本人の精神と国際的な視野を合わせもつ建築家である、重松さんの名が挙がりました」と話す。

川村は、重松に設計を依頼する際、一風変わったやり方をとった。重松は当時のやり取りをこう振り返る。「一般的な依頼書ではなく、『ものがたり』を舞台にした脚本を渡してくれたんです。祇園の町家をリノベーションするという特殊なプロジェクトに関われるということに加え、こんな面白い提案を受け、快諾しました」

川村が重松に渡したのは、時間の経過とともに移り変わる情景や人間模様を描いた『序、破、急』という三幕構成の作品だった。「ここにどのような人たちがいて、会話がなされると面白いだろうかと思い浮かべた時、脚本を書くという形が一番しっくりきました」と川村。

<写真>左から、アーティストのオラファー・エリアソン、「ものがたり」をプロデュースした小説家・フィルムメーカーの川村元気、建築家の重松象平。

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設計を担当した重松にとって、本格的な日本家屋を手がけるのは初めての経験だった。「(床面の)なぐり加工など、いつか使ってみたいと思っていた技法を使わせてもらいました」と笑みを浮かべる。

アメリカ・ニューヨークのニュー・ミュージアムやバッファローAKG美術館といったミュージアムや日本では虎ノ門ヒルズ ステーションタワーや天神ビジネスセンターなど大規模建築を多く手がけてきた重松が「ものがたり」のために提案したのは、新たな町家の解釈。坪庭を眺める京町家の構造をベースにした端正な建築が完成した。ガラスにコンクリート、白木の柱、それから左官仕上げと、さまざまな要素が時代や地域を超えて交差する。

「伝統的な日本家屋には、壁で区切られた空間がない。今回も、“つながっている”という感覚は残しつつ、(会員制のサロンだということを留意して)プライバシーも担保しようと考えました。その結果、辿り着いたのが、スキップフロアというアイデア。段差があることで空間の見え方が変わり、これにより(各空間に個性が生まれ)『序、破、急』というコンセプトにもつながります。全体が壁なしでも、なんとなく分節されているんです」

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バーのガラスに設置されているのは、The nowhere garden の一部である“カレイドスフィア”。モーターを備えた外側の円板と一体化していて、そこから放たれた光が、下方に見えるミラーに反射し、坪庭の地面に幻想的なイメージを描く。

<写真>なぐり加工を施したウォールナットの床面が、階段を介してバーとサロンをつなぐ。

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回転する万華鏡のような“カレイドスフィア”の光がバーを華やげる。カウンターには一本杉を使用し、ピアノ塗装で仕上げた。棚の扉に用いた、やわらかいオレンジ色をまとうレジンは、重松が拠点を置くニューヨークから取り寄せたものだ。エリアソンの作品と重松の建築が一体化した空間について、川村はこう語る。

「映写機があり、その光を鏡が受けて反射する。エリアソンは、映画を表現したのだと思いました。そう考えると、ひとつひとつの空間は“シーン”で、その結論としてあるのが、幽玄を感じさせる(地上階の)光なのでしょう」

一方、重松はこれを「人がいることで成立するアート作品」だと言う。「例えば、芸妓さんの着物は、こうした光を受けると非常に美しくきらきらと光る。内部でさまざまなアクティビティが発生し、光と人々とのインタラクションがあることを前提とした作品なので、ホワイトキューブで見るものとは一味違います」

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“カレイドスフィア”を坪庭側から見ると、一枚板のステンレススチールから形成されたダイヤ、三角形、四角形、五角形が互いに接着されている様子が見える。光がステンレススチール一枚一枚に反射することで、バーや階下に光が舞う。エリアソンは、バーについて「世界各国の人々が集う場所をイメージしました」と話し、こう続ける。

「“カレイドスフィア”は、坪庭側からは半球のようだけれど、バーに入ると球体が見える。実世界のようではないでしょうか。『半分はイリュージョン(錯覚、まやかし)』という意味でね」

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サロンには、吊り天井を採用した。天井の位置を下げ、親密な雰囲気をもたらした。中央部には、くぼみが見える。これについて重松は「場を定義すると共に、舞台装置のような役割を果たします。坪庭を背に、芸妓さんが踊れるような場だったり、いろいろなシーンに応じる可変的な空間 をつくろうと考えました」と話す。

京都という街の磁力にひきつけられた3つの才能が共鳴する「ものがたり」。坪庭を舞台に絶え間なく変化を続ける光のアートを眺めながら、さまざまな業界のクリエイターたちが語り合う—そんな人々が紡ぐ“ものがたり”が、この空間を完成させる。

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Olafur Eliasson

「ものがたり」

住所非公開。完全紹介制で会員のみ利用可。会員は3名までゲストが同伴可能。入会金1,100,000円、年会費無料。施設内での写真撮影・公開は禁止。ロゴの「ものがたり」はオラファー・エリアソンによる自筆。

問合せ/info@gionmonogatari.com

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