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《bring you home stratus》
Kenya Abe

東京での最初で最後の大型個展?「松山智一展 FIRST LAST」リポート

ニューヨークを拠点に世界で活躍する現代美術家の松山智一にインタビュー。緻密に描き込まれた「スーパー高解像度」な絵画作品は必見!

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ニューヨークを拠点に世界で活躍する現代美術家・松山智一の大規模個展が東京・虎ノ門の「麻布台ヒルズ ギャラリー」で開催中だ。会場には本展のタイトルにも採用された新シリーズ〈First Last〉を含む40点以上の作品が集結。さらに麻布台ヒルズ内の中央広場では、5月7日(水)まで屋外彫刻作品の展示も。色彩にあふれる展覧会の様子を、松山の言葉を交えながらお届けする。


《bring you home stratus》
Kenya Abe

岐阜の飛騨高山でクリスチャンである両親のもとに生まれた松山は、幼少期をアメリカで青年期を帰国子女として日本で過ごす。そして、大学卒業後に渡米し、ニューヨークでアーティストとして活動を開始。現在はブルックリンにスタジオを構え、30人のチームメンバーと共に、自身の経験や情報化の中で移ろう現代社会の姿を反映した作品を制作している。伝統的な絵画やファッション・インテリア雑誌からの引用をベースにした緻密で大胆な作品は、多くの共感を得ている。

日本初公開作品や最新作19点など40点以上が公開される本展の特徴は、なんといっても、まばゆいばかりの色彩。展覧会のキャッチコピー「色彩を叫ぶ!」という言葉の通り、自身で調合した何千にも及ぶ色のストックをあますところなく使い、多様な伝統や宗教、芸術、デザインを表現した「多文化の十字路」が完成した。

<写真>松山智一と展覧会タイトルでもある新シリーズ〈First Last〉より《Passage Immortalitas》(2024)

《bring you home stratus》
Kenya Abe

英語で「最初で最後」を意味する「First Last」は、聖書の一説でもある。松山はこの言葉に20年以上アメリカでアートに向き合い、東京での大規模展覧会の開催を迎えた自身の道のりを重ね合わせ、これを新シリーズ名とした。《Bring You Home Stratus》は、〈First Last〉シリーズの一作だ。

ここには東洋と西洋、歴史と現代、ハイカルチャーと日用品といった相対する要素が共存する。手前に見える人物はイタリアの画家アンニーバレ・カラッチの《キリストとサマリアの女》(1594-1595)からの引用だ。背景には、ロサンゼルスのビバリーヒルズに実在するスペイン植民地時代のリバイバル建築にある中庭のイメージに、京都の旧三井家下鴨別邸をつなぎ合わせた。

<写真>〈First Last〉より《Bring You Home Stratus》(2024)

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《we met thru match.com》
Kenya Abe

松山のキャリアにおけるターニングポイントとなった、横幅6mを超える大作《We Met Thru Match.com》。松山は、ここで狩野派や土佐派といった伝統的な日本画を象徴する絵師によるスタイルを解体。そして、松山が敬愛するフランスの画家、アンリ・ルソーにインスピレーションを受けたジャングルの風景に再構築していった。

松山は、本作を通じて「東洋と西洋を融合させ、(画中の人物のように)手紙をしたためてコンタクトをはかった」と語り、これについて「メタフォリカル(比喩的)なセルフポートレート」と定義する。ちなみに、タイトルに使われている「Match.com」は、世界最大の恋愛マッチングサイト。変化を続けるコミュニケーションのあり方を示唆している。

<写真>《We Met Thru Match.com》(2016)

《passage immortalitas》
Kenya Abe

ボッティチェリの《チェステッロの受胎告知》(1489)を参照した人物たちを囲むのは、インテリアの雑誌に登場する写真をいくつも組み合わせてつくった室内空間だ。キャンバスに目を近づけてみると、ポテトチップスの空き袋やハローキティを描いたボックス、中国にルーツをもつ手織りのカーペットである緞通(だんつう)など記号的要素を随所に見つけることができる。

<写真>〈First Last〉より《Passage Immortalitas》(2024)

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《black mao, yellow beuys》
Kenya Abe

《Black Mao, Yellow Beuys》は、作中の壁に飾られた絵画に由来。松山はここに、アンディ・ウォーホルがそれぞれ毛沢東とヨーゼフ・ボイスをモデルに制作した《Mao》と《Joseph Beuys》をもとに、黒人になった毛とアジア人になったボイスの肖像を描いた。本作を通じて、松山は「人種が違えば、歴史はどのように変わっていただろう」と想像する。

<写真>〈First Last〉より《Black Mao, Yellow Beuys》(2023)

《catharsis, metanoia》
Kenya Abe

変形キャンバスの左半分に描かれているのは、アメリカの邸宅だ。一方、右半分の空間は、日本家屋の室内を思わせる。テキスタイルの質感や木目といったディテールがていねいに描かれる画面の中央には、ジョー・ローゼンタール撮影による《硫黄島の星条旗》(1945)のシルエットがぼんやりと浮かび上がる。

一連の作品を見ても分かる通り、松山の作品においてインテリアは重要な要素だ。作品を介して「多文化の十字路」をつくることを目指す彼は、「個々の文化をもっとも明確に象徴するのは、人々が自分の個性や好みを詰め込む居住空間」であると強調。ひとつの作品の中に異なる時代や地域のインテリアを描くことにより、「もっともアイコニックな形で、時空の壁を越えることができる」と語る。

<写真>〈First Last〉より《Catharsis Metanoia》(2024)

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tomokazu matsuyama: first last
Kenya Abe

会場の空間構成は、松山自身が担当した。約3週間をかけて、作品を掛けるパネルや柱、床面に至るまでつくり上げた。写真の〈Fictional Landscape(仮想風景)〉シリーズでは、東洋を意識させる意匠に、さまざまなメディアから引用した多様な文化や時代のモチーフを組み合わせた。

松山の言う「時間と文脈、地域性から解放してくれる空間」が出現したこのセクションは、まるで巨大なインスタレーションのよう。国境や時代を越えた「仮想風景」の中に身を置いているような感覚を誘う。

tomokazu matsuyama: first last
Kenya Abe

作品の背景やパネルには、ウィリアム・モリスによる植物や動物をモチーフにしたパターンや、ヨーロッパに伝統的な壁紙の模様などが細かく描き込まれている。

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tomokazu matsuyama: first last
Kenya Abe
tomokazu matsuyama: first last
Kenya Abe

会場内で床に目を落とすと、カラフルなスプレー缶や筆、釘のようなものが床に落ちている。すべて松山がアトリエで実際に使用している道具や身の回りのものを3Dスキャナーで型取りしたものだ。つまり、松山はここで自らをフィクション化して、それを「引用」し、ここにつくり上げた「仮想風景」の構成要素のひとつとしたということ。まさに、仮想と現実があいまいになった空間だ。「『リアリティというもの』について、鑑賞者と一緒に問いたいと思った」と松山は言う。

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《the fall high》
Kenya Abe

騎馬像は、松山が長年書き続けているテーマだ。これまで世界中で描かれてきた騎馬像は、その性質から作品の背景にある文化や政治的な状況を色濃く反映する。松山は、狩野山雪の《雪汀水禽図屏風》に見られる印象的な鳥の表現を引用するなどして、「騎馬像」を「現代アート」というグローバルな言語で捉え直した。

<写真>〈First Last〉より《The Fall High》(2023)

《you, one me erase》
Kenya Abe

横幅6mに及ぶ大作。壁に掛かった絵画や壁紙の模様、描かれた人物に至るまで、すべてのモチーフは松山が「サンプリング」と呼ぶ過去のメディアからの引用だ。その数は、これまでの作品の中で最も多い。

<写真>〈First Last〉より《You, One Me Erase》(2023)

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tomokazu matsuyama: first last
Kenya Abe

千羽鶴と他のモチーフを分解・再構成したモザイク状の作品から成る〈抽象〉シリーズや巨大なステンレス彫刻を集めたセクション。 随所に立て掛けられた鏡やステンレスが抽象画のイメージを増幅させる。

《dancer》
Kenya Abe

ニューヨークのフラットアイアンプラザなど公共空間で展示されてきた《Dancer》は、鏡面仕上げとしたステンレス鋼製の表面に映る色彩や動きまでも、作品の一部として取り込む。松山は本作を制作する際、「踊り子(Dancer)」そのものの表象ではなく、「踊り」という身体表現の本質を追求し、それを詩的に昇華した。

<写真>《Dancer》(2022)

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《broken kaleidoscope》
Kenya Abe

フローラルパターンの壁紙に覆われた空間には、《Broken Kaleidoscope(壊れた万華鏡)》の作品世界が広がる。巨大な磁器人形に目を留め、天井を見上げると、点対象に配置されたまったく同じ人形が…。上下感覚があやふやになり、まさに「万華鏡」の中にいるような気分を味わえる。

歴史的に見ると、東洋の磁器制作技術はシルクロードを介してヨーロッパに伝わり、磁器は貴族の嗜好品となった。そして近代に入り、中国や日本で大量生産されるようになる。松山は、AmazonやeBayで購入した廉価な磁器人形を3Dスキャンし、巨大化。「情報や文化が断片化しながらも再び統合される、動的な美」を表現した。

《we the people》
Kenya Abe

シリアルやサプリメント、薬品が並ぶアメリカのスーパーマーケットを模した空間に、フランス古典主義の画家ジャック=ルイ・ダヴィドの《ソクラテスの死》(1787)に描かれた構図を綿密に再現。右下には、同じくダヴィドによる《マラーの死》(1793)の引用も見える。 松山は、チームのメンバーたちと共に、スーパーマーケットが内包する情報量を、1枚のキャンバスの中に落とし込んだ。「シリアル1箱を描くのに1週間、値札には2カ月半をかけました」という言葉通り、緻密なディテールはすべて手描きによるもの。「欧米的なスケールと日本人特有の『執拗なまでの』ディテールへのこだわりを掛け合わせました」と語る。

松山は、さまざまな価値観が交差する現代社会を凝縮した作品を提示することで「より広い視点を提供したい」と鑑賞者に呼びかける。キャンバスからこぼれ落ちるような色彩の海に身を預け、「松山ワールド」を堪能してほしい。

<写真>〈First Last〉より《We The People》(2025)


松山智一展 FIRST LAST
会期/〜2025年5月11日(日)
会場/麻布台ヒルズ ギャラリー
住所/港区虎ノ門5-8-1 麻布台ヒルズ ガーデンプラザA MB階
時間/月・火・水・木・日10:00~18:00(最終入館17:30)金・土・祝前日10:00~19:00(最終入館18:30)
会期中無休

公式サイト

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