ウェス・アンダーソン待望の新作映画『ザ・ザ・コルダのフェニキア計画』のインテリア大公開！

物語は、ザ・ザ・コルダ（通称ザ・ザ）が飛行機に乗っている場面から始まり、その飛行機はすぐに墜落する。これは彼の命を狙った6回目の暗殺計画であり、ついに彼自身も立ち止まって考えるきっかけとなった。ケガの回復のため、彼は"現代の大独立国フェニキア"のどこかにある豪華なイタリア様式の宮殿へと戻る。

＜写真＞ベニチオ・デル・トロが演じる大富豪のザ・ザ・コルダ

内部は、陰鬱なグレーと黒の配色がトロンプ・ルイユ（だまし絵）の壁画と呼応し、隅には名画が古雑誌のように積み重ねられている。そこから観客は、彼の世界へと誘われる。重厚な石造りのバスタブやルノワールの絵画、そして家庭教師のビョルン（マイケル・セラ）、ザ・ザの異母兄弟ヌバルおじさん（ベネディクト・カンバーバッチ）、従兄弟のヒルダ（スカーレット・ヨハンソン）など、豪華な役者陣が演じる風変わりな人物が登場する。

＜写真＞ザ・ザ・コルダの自宅のギャラリーと、ザ・ザの9人の息子。

エジプト復興様式のセット、映画『カサブランカ』を思わせる場面、アンダーソン作品らしい列車のシーンや船上の場面も登場し、登場人物たちは砂漠を訪れ、ジャングルに迷い込んだりしながら、何度か宮殿へと戻ってくるという構成だ。

＜写真＞ザ・ザのプライベートジェット。ザ・ザとミア・スレアプレトン演じる、娘のリーズル。

＜写真＞ウェス・アンダーソンらしい、列車も登場。トム・ハンクス演じる実業家リーランドと、ブライアン・クランストン演じるレーガン。

アメリカ版『エル・デコ』で は、ウェス・アンダーソン監督の『アステロイド・シティ』を含む多数の作品に携わってきたプロダクションデザイナーのアダム・ストックハウゼンと、『グランド・ブダペスト・ホテル』も担当した、セットデコレーターのアンナ・ピノックに独占インタビュー。ザ・ザ・コルダの幻想的な世界の舞台裏について尋ねた。

＜写真＞ザ・ザの自宅のエントランス。

視聴者が最初にザ・ザを知るのは、バスルームの場面だ。彼は飛行機事故から回復中で、片手に葉巻を持ち、もう一方の手の近くにはワイングラスが置かれている。看護師たちが部屋を行き交う中、ザ・ザは全面が石でできた巨大な浴槽に身を沈めている。

「このバスタブはとにかく信じられないくらい重かった」と語るピノック。彼女はこの浴槽をイギリス・ヨークシャーの「ラピシダ」から調達した。スタッフが実際に浴槽に座り、長身のデル・トロにサイズが合うかどうか確認したのが印象的だったと振り返る。

床にはロンドンのヨーロピアン・ヘリテージのタイルが敷かれ、3つの洗面台とシャンパンクーラー代わりに使っている便器も。これらの陶器や金物の装飾は、イギリスやオランダで手に入れた。

石造りの浴槽がアンダーソン作品特有のシンメトリーに配置されている。このシーンでは、ザ・ザ・コルダの奇妙だが実は好感の持てるキャラクターをうまく描き出している。そしてザ・ザには非常に優れた審美眼があるということが、一瞬でわかる描写だ。

＜写真＞ザ・ザの自宅のバスルーム。

ザ・ザの宮殿のような家をつくるにあたって、制作チームが参考にしたのが、ザ・ザに最も近い実在の人物とされるイギリス系アルメニア人実業家のカロースト・グルベンキアンだ。

「最初に参考にしたのはグルベンキアンの邸宅と美術館です。建築様式の面でも、そして偉大なアートコレクターの邸宅という観点からもですね」とストックハウゼンは語る。

そこから「イタリアの邸宅がカギになると考えました」続ける。「マントヴァ、ヴェネツィア、そしてローマのヴィラ・ファルネジーナを参考にするために、いくつか見に行きました」

浴室以外で観客が目にするザ・ザの家は、廊下、娘の部屋、そして壮大なギャラリーだ。中でも大きな役割を果たすのがギャラリーである。広い長方形の空間で石張りの床のグリッド、高い天井、大理石の柱のように見える壁が特徴だ。

＜写真＞ザ・ザの自宅のギャラリー。

ギャラリーのデザインにあたって、チームはドイツ・ポツダムの大理石宮殿をはじめとする複数の建築からインスピレーションを得た。「この宮殿は、私たちが参考にしていたローマのヴィラ・ファルネジーナの遠近法を用いた壁画ともうまく呼応していました」とストックハウゼンは語る。そしてトロンプルイユ（だまし絵）風の大理石装飾を専門とするドメニコ・レオルディーノ率いるチームを招き、ペイントを依頼した。

「制作過程も非常に興味深かったです。フェイクペイントの技法とコラージュの要素が組み合わさっているんです」とストックハウゼンは語る。

＜写真＞ザ・ザの自宅の食卓。

この宮殿のセットの特徴は壮麗さだけではない。物語の冒頭では、ザ・ザが疎遠になっている娘のリーズルを呼び出して、ギャラリー中央の高い壇上に並んで座るシーンがある。そこには大きなイタリア製のオーク材テーブルが置かれ、周囲には書類を入れるキャビネットとオフィスチェアがある。床にはザ・ザの計画と詳細が詰まった靴箱がずらりと並んでいる。

「ウェスは修道院の食堂にあるようなテーブルと、実用的な1930年代や40年代のオフィス家具との間に生まれる、コミカルな対比を求めていました」とピノックは言う。「書類用のキャビネットをそこに置くこともウェスからのリクエストです。この豪華絢爛な空間の中でのコミック的な仕掛けだったのです」

＜写真＞ギャラリーでリーゼルとザ・ザが計画について語り合う。

趣味が多く富豪のザ・ザは当然のようにアートを収集。そのため、映画の中では本物の名画がいくつも登場する。「とても幸運だったのはピエール＝オーギュスト・ルノワールの作品を数日間だけ借りられたことです。一定の温度で保管しなければならず、警備員もついて……まさに大掛かりでした」とピノック。さらに、ピーツシュ・コレクションから借りた『マグリット』も登場する。

こうした絵画の一部はザ・ザの自宅の壁に堂々と飾られているが、一部の作品はまるで運び込まれたばかりのように、重ねて壁に立てかけられている。「ウェスは、このアートコレクションを“完成された展示”としてではなく、“常に変化しているもの”として描こうとしたのです」とストックハウゼンは語る。

「ザ・ザの自宅には素晴らしい絵画や彫刻、装飾品が揃っているけれど、それらは常に出入りしているのです」ピノックも付け加える。

「彼が次の邸宅へ移動する際には、その家は一旦“眠りにつく”んです。だから私たちは、埃よけのカバーや家具用シート、木箱、積み上げられた絵画などを多用しました。セットをそんな風に飾りつけるのは本当に珍しい体験でした」

＜写真＞娘リーゼル、ザ・ザの自宅の大きなイタリアンオークのテーブルにて。

ただし登場する絵画がすべて本物というわけではなく、映画のために描かれた複製もある。「ウェスには特にこだわりのある作品がいくつかあって、このキャラクターなら必ず持っているはずだ、という作品があったんです」とピノックは言う。そのひとつがピーター・ポール・ルーベンスの作品だった。

この作品を複製するのは非常に難易度の高い作業だった。「ルーベンスは、たとえ優れた贋作家であっても模写するのがかなり難しい画家なんです」

＜写真＞撮影中の監督ウェス・アンダーソン。

ほとんどのシーンは、ドイツ・ベルリン郊外のポツダムにあるバーベルスベルク・スタジオのセットで撮影された。ここは「世界最古の大規模映画スタジオ」と呼ばれ、1912年から稼働している。特に1927年の映画『メトロポリス』が撮影されたことで有名な場所だ。

「セットはぎゅうぎゅうに詰め込まれていました」とシュトックハウゼンは語る。「ある時には、ザ・ザの家の部品がすべて並んで置かれていたんです」

セットの建設は驚くほど早く進み、1月中旬に建設が始まり、3月には撮影が行われた。スケジュールが非常にタイトだったため、複数のセットが同時に建っていたという。「本当に、ザ・ザの家からマルセイユ・ボブのナイトクラブを通り抜けて、エジプトのホテルに入る、というように映画の流れを一度に感じることができたんです」とシュトックハウゼンは語った。

＜写真＞ベネディクト・カンバーバッチ演じるヌバルおじさん。

※ここからはネタバレを含みます

物語は“旅路”を中心に描かれているが、その先には“目的地”もある。ザ・ザの命が狙われ、彼が壮大な計画の資金を得ようと奔走する一方で、リーズルは自身の母親に関する情報を探る。

実は物語の核心にあるのは、父と娘の関係性。巨万の富を手に入れることよりも、健康的な人間関係のこそが重要なのだというメッセージが込められた結末を見ることができる。

そして映画の終盤に登場するロケーションの一つは、ドイツのポツダムで撮影されたもので、実際にある小さな「小屋」がロケ地になっている。住居であり、同時にレストランでもある空間は、瓶や皿、ぼろ布や家具で溢れかえっている。温かみがあり、雑然としていて、生活感に満ちていてとても魅力的な場所だ。

ピノックはこのセットをこう振り返る。「通常、ウェスと共につくるセットはシンプルで削ぎ落とされていて、ひとつひとつのアイテムが意図的に選ばれているんです。でも、この小屋のセットはまったく違いました。ウェスは私に『もっと置いて、もっと置いて』と言い続けていました。あの散らかった感じが、人間関係の本当の温かさと親密さを生み出していたんです」

＜写真＞ザ・ザと娘のリーズル。

『ザ・ザ・コルダのフェニキア計画』
9月19日（金） 公開
TOHOシネマズ シャンテ、渋谷ホワイトシネクイント他 全国ロードショー

公式サイト

＜写真＞ザ・ザと娘のリーズルと、マイケル・セラ演じるザ・ザの家庭教師ビョルン。