2020年よりNetflixで配信がスタートした人気ドラマ『エミリー、パリへ行く』。2024年8月からはシーズン4のパート1がはじまり、この9月には待望のパート2も公開に。ドラマで常に話題になるのが、キャストがまとう華やかな衣装。今回は、同作の衣装デザインとメインスタイリングを手がけるマリリン・フィトゥシさんに、作中でのスタイリング哲学から最新作シーズン4の注目ポイントまで聞いた。
マリリン・フィトゥシ(Marylin Fitoussi)
フランス出身の衣装デザイナー。NETFLIXドラマ『エミリー、パリへ行く』の衣装デザイナーとして、シーズン1~4、シーズン3からはメインスタイリストを務める。同作で2022年度のコスチューム・デザイナーズ・ギルド・アワード(コンテンポラリー・テレビシリーズ部門)を受賞。2024年9月に日本で開催されたパリ発の合同展示会「トラノイ・トーキョー(TRANOÏ TOKYO)」の メインビジュアルのクリエイティブディレクションを担当。
--はじめにお伺いしたいのが作品全体について。パリが舞台の『エミリー、パリへ行く』のスタイリングを手がけるにあたって心掛けていることは?
「まずはフリーダム、“自由である”こと。それは私自身のスタイルにも通じています。この作品はパリが舞台ではありますが、パリジェンヌらしさを反映させたいとは考えていません。新しいものからヴィンテージ、色や柄も自由に取り入れます。実際パリジェンヌはミニマリストなのでパリの人が選ばないスタイルが多いことは事実です。ですが、私はそれぞれのキャラクターに個性を持っていてほしい。そう考えながらスタイリングをしています。
もうひとつは“ルールを破る”こと。私は誰からも好まれるスタイリングにはしたくないと思っています。好き嫌いがあるのは、きちんとその作品に対して意見があるということなのでとても重要です。例えば、先ほどお話ししたように、フランス人は私が手がける色や柄を使った、大胆な組み合わせのスタイルが好きではありません。でも、『嫌い』という人がいるのであれば、それは私が人と違ったものを提供できているという証拠。また、裏を返せば多くの方が『好き』というものは『普通』だということ。パリやロンドンなど、ストリートで見かけるどこにでもあるスタイルではなくて、私は見てくれる方々にショックを与えたいと考えています」
--シーズン2までパトリシア・フィールド氏と協業してきた中で、新たに得たものや影響を受けたことは?
「シーズン1からシーズン2にわたり彼女と一緒に仕事をした際、彼女から重要なアドバイスをもらいました。それは『タイムレス』であること。いまトレンドだからといってそのアイテムやコーディネートを取り入れるのではなく、現行のもの、ブランドのアーカイブ、ヴィンテージなどあらゆるアイテムをミックスさせること。タイムレスなものとは、ベーシックなものだけに限りません。色や柄もファッション界では古くからずっと使われてきたものなんですよね。
バッグなら、いまはやっているものを使わずにヴィンテージのものを使うことが多いです。バッグは身に付けるアイテムの中でもひときわキャッチーなのでトレンドのものを使ってしまうと、ひと目でそのルックの時世を断定されてしまう。でも、そこでヴィンテージのバッグといまのコレクションのウエアを柔軟にミックスしてスタイリングすれば、時間軸に誤差が生まれ、タイムレスなスタイルになります。これは作品の中でスタイリングするにあたってきわめて重要なことだと思います」
--マリリンさんは、ハイブランドからニューカマーブランドまであらゆるデザイナーズアイテムをスタイリングに使用されますが、作品に出てくる中でいま注目しているニューカマーブランドは?
「シーズン3でたくさん使っていた『ケヴィン・ジェルマニエ(Kevin Germanier)』、『ワインサント(Weinsanto)』、『チャールズ・デ・ヴィルモラン(CHARLES DE VILMORIN)』といったオリンピックのオープニングセレモニーの衣装デザインをしていた若いデザイナーたち。あとは、シーズン4パート1での即興ファッションショーのシーンで話題になった“ペニスパンツ”コレクション、わかりますか? とても刺激的でしたよね。フランスの服飾学校リザア(LISAA)の学生たちと一緒にデザインしたもので、これもハイライトのひとつです。
私自身、ファッション・ウィークに行くことよりも若いデザイナーたちを発掘することのほうが大好きなんです。若手デザイナーの母のような存在になりたい。もしシーズン5があるなら、半数以上若手デザイナーを起用していきたいと思っています。『エミリー、パリへ行く』が、世界中の若手デザイナーが羽ばたくひとつのプラットホームになれればうれしいですね」
--シーズン2でエミリーが持っていた「ポレーヌ」のバッグがヒットしたように、次にヒットしそうなアイテムはありますか?
「ヒットの予測は常に難しいものです。ですが、シーズン3でエミリーの上司のフランス人女性であるシルヴィーが着用した『ワインサント』のドレスが売り切れになったり、シーズン2でエミリーが着用した『マガリ・パスカル(Magali Pascal)』のパープルドレスは8回生産を繰り返したというくらい反響があったとデザイナー本人たちが連絡をくれたりしたので、ヒットの道へ一歩前進しているのではないでしょうか。
シーズン4では、まだどのアイテムがヒットするか正直わかりませんが、『バルバラ ビュイ(BARBARA BUI)』のブルースーツや、バッグやアクセサリー類は『Thaden』、『レレットニューヨーク(Lelet NY)』など、若手デザイナーのアイテムを多く使っているので、そういった若手ブランドのアイテムにも注目してほしいです」
--ここからは現在公開中の最新作、シーズン4についてお伺いさせてください。シーズン4での注目ポイントやお気に入りルックは?
「まずは、シーズン4のキービジュアルのルック。ベトナム人のデザイナーによる『SIXDO』というブランドのドレスですが、本当にきれいなんです。パート2の中でローマが舞台となる“ローマの休日”パートでもホワイトジャケットやスカーフなどたくさん使用していてお気に入りブランドです。
また、私は服を作って売るということはしないけれど、衣装デザイナーとして衣装を制作することがあります。たとえば、ヴィンテージの『ディオール』のファブリックで、彼女のためにスーツを作ったのでそういったルックにも注目していただきたいです」
--いま“ローマの休日”というワードが出てきましたが、毎シーズンエミリーが取り入れる、オードリー・ヘップバーンのオマージュルックも気になります。シーズン4ではどのように取り入れましたか?
「おっしゃる通り、エミリーを演じるリリー・コリンズ自身の憧れであるオードリー・ヘップバーンのトリビュートを取り入れています。シーズン4のパート1では、仮面舞踏会のシーンがあり、ここで出てくるブラック&ホワイトのストライプ柄ドレスは、映画『マイ・フェア・レディ』のオードリーの衣装がインスピレーション源です。エミリーに反映するにあたってはいつも、ただまねするだけではなく2024年に生きる、モダンなオードリー・ヘップバーンスタイルに仕上げることに気を付けていますね。
同じくシーズン4のパート2の“ローマ”パートで登場する、パープル×イエローのルックもお気に入りです。『ヴァレンティノ』のケープに、『ジウゼッペ・ディ・モラビト(Giuseppe Di Morabito)』のドレスを合わせました。ローマのパートなので、自然とイタリアのデザイナーのアイテムをたくさん使用したくなりましたね。ここではイタリアンスタイルをつくることに注力しました」
--エミリーの上司であるシルヴィーのスタイルは、エミリーよりもシックでまねしやすく、視聴者からの人気も高いですよね。シーズン4での注目のルックは?
「みんなシルヴィーのフレンチシックなスタイルが大好きですよね。エミリーよりも、シルヴィーのほうがパリジェンヌを体現しているかもしれません。シルヴィーのようなスタイルはパリや日本、ロンドン、そしてブラジルの方々にまでも人気だと聞きました。私にとってはシルヴィーよりもエミリーのスタイリングをする方が簡単なんです(笑) エミリーのスタイルのほうが私本来の世界観に近いですから。なので、シルヴィーのスタイリングをするときはマインドを全く変えます。パリシックなスタイルがポイントなので、ディテールに細かくこだわってスタイリングしていきます。
そしてシルヴィーは、シーズン4のパート2でいままでにない、モダンなスタイルを披露します。“ローマ”パートでローマに着いたときに、『サンローラン』のパイロットのようなジャンプスーツルックを披露するのでぜひ注目していただきたいです」
--最後に、マリリンさんが考える、エミリーらしいスタイリングとは何でしょうか?
「冒頭でもお話したように、私は彼女にパリジェンヌらしさを反映させたいとは思っていないんです。 彼女には強い個性を持っていてほしい。ですが、シーズン4では今までよりもパリジェンヌのスタイルをより理解したスタイリングになっています。例えば、シーズン4のパート1で出てくるブルーのスーツ。パリジェンヌのようなソリッドなシルエットですが、エミリーは黒ではなくてブルーを着る。色や柄を加えることでエミリーらしい個性を演出しています。
また、リリー(・コリンズ)はいまデンマークに住んでいて、当初に比べるとヨーロピアンな考え方になっている。そういう意味でもシーズンが進むにつれてエミリー自身がアメリカとパリのスタイルをうまく融合できているのだと思います。そしてスタイリングとしては、デンマークをはじめ、北欧、東欧のブランドをより多く起用していくことで、よりリリー自身のマインドセットに近づけています。シーズン4からはヒールではなくいままで使ってこなかったフラットシューズがたくさん登場していますが、これも同様の理由です。このようにしてリリー自身とエミリーを近づけていくことがエミリーらしさにつながるのではないでしょうか」