今季の「エルメス」のショーは、偶然にも国際女性デーに行われた。荒々しいまでに力強くランウェイを闊歩(かっぽ)したモデルを通して表現されたのは、芯の強い凛とした女性像。ショー後に「エルメス」ウィメンズ部門プレタポルテのアーティスティック ディレクター、ナデージュ・ヴァンヘは、今季のイメージについてこう語る。
「強さだけでなく、もろさも含めて、自分自身をよく知っていること。それが自信につながるのだと思います。力強く、色気があり、洗練されている。それを自分のものにしている女性は、冒険や未知のものを探索したり、可能性を押し広げたりすることができるのです」
土が敷き詰められ、円形の壁を隔てサークル状になったランウエイで、ショー会場はブラウン一色。何色にも染まらぬ強さを持った黒が今季の基盤となり、チャコールアッシュや濃いグレー、真夜中の空まで、さまざまな色調のダークトーンでスタイリングされている。黒が中心となっても、硬質なかっちりとした厳格さとは無縁。襟から前見頃まで優雅なドレープが仕立てられたアウターウェアに、リラックスシルエットのキルティングレザーのコート、レザーとニットをつなぎ合わせたドレスが体のラインに沿い、ニットウェアは着用するだけなくスカーフのように巻きつける。包む、結ぶ、巻くというジェスチャーにより、堅苦しさではなく、柔らかくしなやかさを持った女性らしい強さを表現する。
そんな柔らかさを引き出すためにラムレザーを多用した。そして、そのレザーをサポートする役割を果たしたのが、今季の出発点となったフェルト。「フェルトを成形したり、レザーのようにカットしたり。実用性において、フェルトとレザーの興味深い対話を探究した」と語り、豊富なアウターウェアはレザーとフェルトでセットになり、対照的な質感のコントラストを利かせていた。フェルトはライニングだけでなく、リバーシブルで着用可能なアウターウェアに加え、ジッパーを開けるとブランケットになるコートでも機能を果たす。それらは、メゾンのルーツである乗馬の世界とのつながりも示し、クロップド丈のキルティングジャケットやポインテッドトゥの乗馬ブーツ、大きなホワイトメタルの馬具留め具付きのバッグなど、永遠のインスピレーションの源がリアルな日常着とシームレスに融合した。
巧みなレイヤードにも自由な感性が反映されている。ダイナミックなノースリーブのドレスに合わせた長いフィンガーレスグローブ、キルティングベストの上にコートを重ね、レングスと質感の異なるアウターウェアも重ね着。首元やウエストにはスカーフではなくニットウェアをいくつも巻きつけた。ダークトーンの中にライムグリーンやミルキーベージュ、クリーミーホワイト差し込み、艶やかなタッチをプラス。レザーのひもとレースアップが装飾となり、モチーフには線画で描いた木の年輪がプリントされ、さらに日本に古くから伝わる伝統的な刺しゅうである刺し子のようなパターンもあしらわれた。
身体の曲線美を強調しても、過度なフェミニニティを感じさせることはなく、コレクション全体でさりげないエレガンスが一貫している。極限まで洗練されたレザーと職人技術、乗馬のニュアンスと実用性のバランス、着用者を引き立てる控えめだがかれんな装飾。最もラグジュアリーな作品にもかかわらず、柔和で親しみやすく、力強さと包み込む優しさも兼ね備えた魅力にあふれる。女性による、強くしなやかな女性像と、それを完璧に投影したワードローブに、共感しない現代女性がいるだろうか。