自然は常に、ジュエリー創作の尽きぬ源泉であり続けてきた。今季はとりわけ、自然というミューズに新たなまなざしが注がれ、詩的でありながら革新的なコレクションが数多く登場。繊細な造形美と先端技術、そして熟練の職人技が交差し、ジュエリーはもはや単なる装飾を超えて、生と美の物語を語る存在へと変貌しつつある。ラグジュアリーの枠をも越え、感情と記憶、そして哲学までも織り込んだアートピースのよう。前編では、そんな世界の頂点に立つ6ブランドの新作に焦点を当て、ハイジュエリーの最前線をご紹介。

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ブシュロン(BOUCHERON)

ブシュロン
© Boucheron

詩的で革新的な創造を続ける「ブシュロン」が、はかなさを意味する新作“インパーマネンス”を発表した。時とともに移ろう自然の美にまなざしを向け、その一瞬に宿る価値をハイジュエリーという永遠の形にとどめようとする試みである。クリエイティブ ディレクターのクレール・ショワンヌは、「私は自然の美しさが色あせる前に、その一瞬を捉え、ハイジュエリーに閉じ込めたいと考えました」と語る。

ブシュロン
© Boucheron

彼女がインスピレーションを得たのは、日本文化に根ざす美意識“侘び寂び”と、生け花に見られる静ひつな感性だった。朽ちてゆくこと、未完成であること、生命の循環そのものを肯定するこれらの思想は、6つのコンポジション作品として結実。冒頭を飾る“コンポジション No.6”では、最も明るく軽やかな光が宿り、生まれたばかりの生命の高揚感を表現する。そこから徐々に光がかげりはじめ、最終章“コンポジション No.1”では深い暗闇の中に静けさと再生の予兆を秘める。展示会場では、暗がりの中で順にスポットライトを浴びる作品群が、植物の芽吹きから枯れゆくまでの生命のサイクルを象徴した。

ブシュロン
© Boucheron

延べ1万8000時間以上に及ぶアトリエの緻密な制作を経て創り上げられた、6つのコンポジション作品は、身にまとうアートという側面をもつ類いまれな22点のハイジュエリー作品で構成されている。ホウケイ酸ガラスでかたどられたチューリップのブローチ、藤の花を模したヘアジュエリー兼ブローチ、そしてトンボや蝶、毛虫といった昆虫をモチーフにしたイヤリングやブローチは、装飾という枠を超え、身体と共鳴する芸術作品のようでもある。

ブシュロン
© Boucheron

アザミの鋭いとげは3Dソフトウエアによってリアルに再現され、その中にひとつひとつダイヤモンドを縫い込むなど、精緻な職人技と現代技術が融合。オーツムギは風に揺れる一瞬のしなやかさをとどめ、アイリスやスイートピーは葉脈に至るまで繊細に表現されている。今にも羽ばたきそうな昆虫たちの躍動感とともに、各ピースは“いまここ”にしか存在しない時間の尊さを物語る。命のかげりや終焉(しゅうえん)を象徴する黒い素材には、可視光の99.965%を吸収し、完璧な漆黒を実現できるコーティング素材、ベンダブラック®を採用。

ブシュロン
© Boucheron

植物や昆虫をモチーフに、光と闇の移ろいを軸に据えた同コレクションは、自然界の時間の流れを詩的に可視化している。ハイジュエリーの枠にとらわれることなく、感性と技術の限界を押し広げてきた「ブシュロン」は、今回もまた、豊かな想像力と革新性によって私たちの想像を静かに更新してみせた。


グラフ(GRAFF)

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© GRAFF

「グラフ」の新作“1963”コレクションは、ブランドが創業した1960年代にオマージュをささげる。1960年代はダイヤモンドの芸術性と革新性が新たなステージへと進化した時代であり、その時代のエネルギーを鮮やかに表現している。

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© GRAFF
graff
© GRAFF

“1963”コレクションには、ネックレス、ブレスレット、イヤリングがそろい、合計129カラット、7790石ものオーバル、バゲット、ラウンドカットのダイヤモンドが使用されている。巧みに配された彫刻のようなオーバルモチーフが幻想的なリズムを描き出し、見る者を魅了。モチーフの側面にはブランドの象徴的なカラーであるグリーンのラウンドパヴェエメラルドがあしらわれ、繊細な輝きを添えることで、ダイヤモンドのきらめきとの美しい対比を生み出している。

graff
© GRAFF

また、バゲットカットダイヤモンドが描く曲線は、躍動感あふれるグラフィカルなアウトラインを形作り、時代の自由で大胆な精神を体現する。これらのデザインは伝統的なクラフトマンシップと最新の技術が融合し、一つひとつが高度な技術と芸術性をもつ。“1963”コレクションは、躍動感に満ちた多面的な輝きを放つ壮麗な作品群であり、ダイヤモンドの芸術的表現の新たな地平を切り開くクリエイションである。


ショーメ(CHAUMET)

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© Chaumet

「ショーメ」が発表した新作“ジュエルズ バイ ネイチャー”は、自然の造形美をたたえる詩的な内容。オーツ(オーツ麦)や野ばら、トンボや蝶、小鳥、蜂といったモチーフが、ダイヤモンドやサファイア、パールなどの貴石によって立体的に再構築され、まるで生き物のような躍動感をまとって現れる。コレクションは“Everlasting(永遠)”、“Ephemeral(儚さ)”、“Reviving(再生)”という三章で構成され、自然の時間や循環する生命の力を、静ひつかつ力強く語りかけてくる。

chaumet
© Chaumet
chaumet
© Chaumet

“Everlasting(永遠)”では、オーツ(オーツ麦)や野ばらの葉がリズミカルに連なり、不変の強さを象徴する。一方、“Ephemeral(儚さ)”は、羽ばたく蝶や花の一瞬のきらめきをモチーフに、繊細なグラデーションのサファイアやスピネルを用いて、移ろう時間を色彩で表現する。“Reviving(再生)”では、ジョゼフィーヌ皇后が愛した4種の植物をテーマに、地球のいたるところで季節に応じてその姿を現す、生命の始まりの力を感じさせる構成となっている。

chaumet
© Chaumet

それぞれの作品は、「ショーメ」が誇るハイジュエリーの伝統的技術と最先端のデザインアプローチの融合により、圧倒的な存在感を放つ。葉脈の一筋、羽根の透明感、花びらの重なりまでもが緻密に再現されており、まるで自然そのものが宝石となって姿を現したかのよう。“ジュエルズ バイ ネイチャー”は、自然界の永遠とはかなさをまとうことで、美の本質を問いかけている。


ポメラート(POMELLATO)

ポメラート
© Pomellato

1967年にイタリアで創業したジュエラー「ポメラート」。創業当時の精神を現代によみがえらせる新作“コレツィオーネ 1967”で、その歴史を再構築する。全75点で構成された同コレクションは、創業者ピノ・ラボリーニが掲げた自由、創造性、そして美学を受け継ぎながら、メゾンのヴィジョンとして提示する。

ポメラート
© Pomellato
ポメラート
© Pomellato

コレクションは3つのテーマで構成されている。まず1970年代の“チェーン革命”では、彫刻的なチェーンと希少なジェムストーンを組み合わせ、ジュエリーに力強い存在感を与えるデザインが展開された。次に1980年代の“ルールを破る造形”では、非対称なフォルムや大胆なボリュームによって、美の常識を覆すアプローチを表現。最後に1990年代の“色彩のビジョン”では、ルビーやトルマリン、ツァボライトなど多彩なカラーストーンが用いられ、官能的な色彩美が際立った。

ポメラート
© Pomellato

どのピースにも共通しているのは、単なるノスタルジーにとどまらない、「ポメラート」ならではの職人技である。“コレツィオーネ 1967”は、ブランドの過去を深く掘り下げつつも、それを未来へのジャンプボードとして捉え、現代の価値観に呼応するジュエリーの在り方を提案している。美とは固定された概念ではなく、時代とともに揺らぎ、再構築されるもの。「ポメラート」はその哲学を、自らのルーツをたどるこのコレクションであらためて示した。


ミキモト(MIKIMOTO)

mikimoto
© MIKIMOTO

「ミキモト」は、花びらが織りなす様々な表情をドラマティックかつ繊細に捉えた新作ハイジュエリーコレクション“レ ペタル”を発表。フランス語で“花びら”を意味するこのコレクションは、風に舞うバラの花びらが映し出す一瞬の美しさを描写している。美しく輝くパールが丁寧にセッティングされ、ダイヤモンドやホワイトゴールドが花びらの形状を繊細に表現。贅沢に配されたカラーストーンが、柔らかい曲線の中に華やかさを添えている。

ring designed as a floral motif with a central pearl and diamond embellishments
© MIKIMOTO
mikimoto
© MIKIMOTO

1世紀以上にわたり受け継がれるクラフトマンシップで、立体感と動きを感じさせる仕上がりとなったハイジュエリーは、それ自体がまるで生きているかのような印象を与える。ネックレス、ピアス、ブローチといったラインナップは、特別な場で映える作品群だ。

mikimoto
© MIKIMOTO
ドレス/Flower Garden Top & Pant

パリのヴァンドーム広場の会場では、優しい照明の下に一つひとつのピースがまるで本物の花びらのように輝きを放ち、訪れたゲストを魅了した。さらに、前田華子デザイナーが手がけるブランド「アディアム」が、同コレクションにインスピレーションを得たドレスも披露された。「ミキモト」のハイジュエリーの世界観を衣服という形で見事に表現し、花びらの繊細さや自然の美しさを一層際立たせた。

adeam
ADEAM
Calla Lilly Dress
a model showcases a soft pink gown with flowing tulle fabric
ADEAM
Blossom Dress

ドレスは柔らかな素材と優雅なシルエットで、ジュエリーとの共鳴を生み出し、会場全体に統一感を与えた。この共演は、ジュエリーとファッションが織りなす新たな美の対話を生み出し、花びらのはかなくも力強い魅力をより深く心に刻み込むものとなった。


メシカ(MESSIKA)

メシカ
© MESSIKA

「メシカ」は創業20周年という節目を迎えたアニバサリーコレクションとして、“TERRES D’INSTINCT本能の大地)”を発表した。インスピレーションの源は、ナミビアやボツワナ、南アフリカの雄大な自然。荒々しい地形、赤く焼けた砂丘、生命力あふれる動物たちとの邂逅——それらすべてが「本能」という名の物語を紡ぎ出す。「ナミビアで私は圧倒的な景観、深いオーカーの色、容赦ない光、そして堂々たる野生動物の威厳に魅了されました。この手つかずの自然を前にすると、“今この瞬間”だけが意味をもつのです」と語るのは、創業者でありアーティスティック・ディレクターのヴァレリー・メシカ。

messika
© MESSIKA
messika
© MESSIKA

全16セットからなる第1章は、自由なスタイルのマニフェスト。“カラハラ”では34.92カラットのイエローダイヤが砂漠の太陽としてさんぜんと輝き、彫刻的なフォルムの“フォーヴ”はライオンの爪痕を思わせるブラッシュドゴールドの切り込みと、パヴェダイヤが生み出す緊張感を醸し出す。黒と白のグラフィカルなコントラストが印象的な“ゼブラ ムニャマ”では、構築的なフォルムと緻密なセッティングが際立つ。

メシカ
© MESSIKA
a stylish ring featuring two pearshaped gemstones in warm tones and a clear stone accented by a halo of smaller diamonds
© MESSIKA

同コレクションでは、初めて色石にも挑戦。ガーネット、ルビー、スピネル、エメラルドといった多彩なカラージェムが、アフリカの風景や情景を想起させる。中でもザンビア産30カラットのエメラルドを用いた“ディヴァイン エニグマ”は、神秘的な存在感で目を奪った。大胆な造形と、ダイヤモンドを知り尽くしたメゾンの技術、そして色彩表現への新たな一歩。自然と本能の原点に立ち返った同コレクションは、「メシカ」の次なる20年も明るく照らしているようだ。