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異端のガストロノミー「ムガリッツ」の映画が公開。監督にインタビュー

数々の常識を覆してきた孤高のレストランの舞台裏を明かす、貴重なドキュメンタリー

By Naoko Monzen
異端のガストロノミー「ムガリッツ」の映画が公開
©2024 TELEFONICA AUDIOVISUAL DIGITAL, S.L.U.

27年前の開業以来、唯一無二の食体験を提供し続けているスペインの「ムガリッツ」。半年間レストランを休業して新メニューの開発に費やす、謎に包まれたチームのクリエイティビティーに迫るドキュメンタリー映画『ムガリッツ(原題:MUGARITZ. NO BREAD NO DESSERT)』が完成、9月に日本で公開される。「ムガリッツ」の大ファンでもあるパコ・プラサ監督にインタビュー!

半年間休業して、メニュー開発に費やす破格の存在「ムガリッツ」 

ムガリッツの映画が公開
©2024 TELEFONICA AUDIOVISUAL DIGITAL, S.L.U.

分子ガストロノミーを広く世間に浸透させた伝説的なレストラン「エル・ブジ」(現在は閉業)などスペインの名店を経て、1998年にバスク地方の自然豊かな内陸部に「ムガリッツ」をオープンしたオーナーシェフのアンドニ・ルイス・アドゥリス氏(写真)。

コースは30〜40皿に及び、映画の原題にもある通りパンもデザートも登場しない。カトラリーを使わず、手や舌で食べる料理も多い。一般的なレストランの常識を覆すスタイルで賛否両論を受けながらも、2005年から現在に至るまでミシュラン二つ星をキープし、「世界のベストレストラン50」にも幾度となくランクインしてきた(2025年は87位)。

ムガリッツの映画が公開
©2024 TELEFONICA AUDIOVISUAL DIGITAL, S.L.U.

筆者にとっても長く“いつか行きたい憧れのレストラン”のひとつで、ついに訪問できたのが2023年。結果として、自分には非常に難解で理解が遠く及ばなかった。例えば、乳房を模した柔らかな器から飲む山羊のミルクや、人間の顔型(写真)を覆うゼラチンの膜を指ではがして食べる一品。

食事ではなく“食体験”というほうがしっくりくるメニューの数々は衝撃的だった。どんな経緯でこの料理たちがうまれるのか? 「ムガリッツ」に2年間密着したドキュメンタリー映画では、そこに至るまでのプロセスや発想方法、提供する料理へのスタンスが丹念かつ克明に描き出されている。

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ムガリッツの映画が公開
©2024 TELEFONICA AUDIOVISUAL DIGITAL, S.L.U.

かつてアンドニシェフが在籍した「エル・ブジ」のように、「ムガリッツ」も新メニューのために半年をかける。毎年11月から翌年4月までレストランを休業し、スタッフ総出で来シーズンのメニュー開発に専念する。これだけでも型破りの業態だ。毎年アンドニシェフがテーマを決め、それに即してうまれたメニューが提供されるのはそのシーズン限り。同じメニューが登場することは二度とない。映画が撮影された際のテーマは“目に見えぬ物”。抽象的でさまざまな解釈が可能なテーマに、スタッフが総力を尽くして挑む。

「目指すのは人を驚かせ、感動させ、怒りまで与えるメニューだ」

「快楽主義を求める人が多いのは芸術でも同じ。だが、絵葉書のような絵画ではなく、マーク・ロスコやジャクソン・ポロックのように思考を挑発する絵画に触れると、もはや快楽主義に浸れない」

作中で研究開発チームのメンバーが発するこんな言葉が、「ムガリッツ」の料理をわかりやすく伝えてくれる。筆者がレストランだと思って訪れた「ムガリッツ」は、美術館やギャラリーさながらに作品(メニュー)を通して訪れる人の常識や固定観念に揺さぶりをかける場所だったのだ。

パコ・プラサ監督にオンライン取材を敢行!

ムガリッツの映画が公開
©2024 TELEFONICA AUDIOVISUAL DIGITAL, S.L.U.

『REC/レック』シリーズなどホラー映画で知られるパコ・プラサ監督(写真上)は「ムガリッツ」開業時からの常連で、大ファンを自称する。 

-なぜ監督を務めようと思われたのですか?

「私が『ムガリッツ』の常連ということで制作側からオファーがあり、1分も考えずに快諾しました。自分にとって、アンドニシェフはスティーブン・スピルバーグにも匹敵するほど大きな存在。非常に興味があったので即答して、2年ほど『ムガリッツ』チームと時間を共にしました」

「最初の1年はカメラなしで、どのように料理がうまれるのかを観察しました。2年目は自分、カメラ、録音担当の3名で臨みました。できるだけ邪魔にならないようにしたかったのと、『ムガリッツ』チームとの距離を縮めて共同制作のような雰囲気で進めたかったので、撮影メンバーは最小限に留めました」(プラサ監督)

-ゲストとして訪れる際、「ムガリッツ」のどんな点に魅力を感じますか?

「私にとって『ムガリッツ』は、時間とルールが消える空間。レストランというより、芸術を感じる場所ですね。あふれるように疑問がわいてきて、それをぶつけることができる場所。アンドニシェフにとって料理とは、自分にとっての映画や芸術家にとっての作品のように、常識や既存の概念を再考したり問いかけたりするためのツールや表現方法なのだと思います」(プラサ監督)

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ムガリッツの映画が公開
©2024 TELEFONICA AUDIOVISUAL DIGITAL, S.L.U.

-キッチンでの試行錯誤やメニューを審査する試食会など、緊張感を伴うシーンも多いであろう「ムガリッツ」での撮影にあたって気をつけたことはありますか?

「意外かもしれませんが、撮影に際してピリピリした緊張感はまったくありませんでした。全体的にとてもリラックスした雰囲気でしたね。もちろん、何かを創造するにあたっての緊張感はありましたが、それは“ないものを創り出す”という気概や信念があるから。基本的にはスタッフみんながリラックスして自由かつ自然に過ごしていたので、こちらが気を遣う必要はなかったです」

ムガリッツの映画が公開
©2024 TELEFONICA AUDIOVISUAL DIGITAL, S.L.U.

「アンドニシェフもけして独裁者タイプではなく(笑)非常に優しかったので、我々も緊張しませんでした。“本当にクリエイティブなことに取り組む際、緊張は役に立たないどころかマイナスになる”。これが今回の撮影を通して私が学んだことのひとつです」

「むしろ、『ムガリッツ』は精神的に平和になれる空間でした。立地もレストランのあり方も自然と融合しているんですよね。動物も飼っていますし、野菜も育てていますし。これはチームの心の穏やかさにも繋がっていると思います。スタッフがお互いを深く尊重しあっているのも重要な点ですね」(プラサ監督)

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ムガリッツ
©2024 TELEFONICA AUDIOVISUAL DIGITAL, S.L.U.

-今回、音楽は『REC3/レック3 ジェネシス』をはじめ何度もタッグを組まれてきたミケル・サラス氏が担当されています。メロディに少し不穏なムードを感じたのですが、どのように依頼されたのですか?

「手始めに彼を『ムガリッツ』に連れていきました。あの空間に漂う魂のようなものを感じてもらいたかったんです。そのうえで依頼したのは、まず“楽器を使わないこと”。フォークやグラスなど、できるだけキッチンにあるものを使って音を奏でてもらいました」

「もうひとつ伝えたのは“メロディは不要”。料理人たちの感情や心情が浮かび上がるように、観客に音楽だと認識されないような音にしてほしかったのです。不穏さを感じられたのであれば、料理人たちの不安や集中する様子と音がシンクロしていたのかもしれません。自分にとっても特別な音楽になりましたね」(プラサ監督)

-映画の制作を通して、改めて感じた「ムガリッツ」の印象を教えてください。

「やはり『ムガリッツ』は、私たちの常識を覆す刺激を与えてくれる場所だと実感しました。このドキュメンタリーを通して、彼らの働き方や料理芸術に対する姿勢を多くの人に知っていただけたら嬉しいですね」 

-ホラー映画を得意とされている監督にとって、この作品はどのような意味をもちますか?

「年を重ねるにつれて、物事を行う際に好奇心を優先するようになりました。今回は、まさに好奇心によって“自分の領域外”に飛び込んだ作品。ひと際嬉しかったのは、普段見ることが難しいレストランの舞台裏が知れたこと。レストラン運営も映画制作もチームワークが重要になりますが、彼らの働き方を目の当たりにして、どのようにチームビルディングをしていけばよいかが学べたこと。自分にとって非常に実りのある作品になりました」(プラサ監督)

レストランの枠に留まらない孤高の存在として30年近く世界のフードシーンにおいて無二の煌めきを放ってきた「ムガリッツ」。それは、一歩引いて物事を俯瞰で捉えるアンドニシェフならではのリーダーシップと、テーマや問題に全力でひたむきに取り組むスタッフの静かな情熱の賜物だ。監督が長年にわたる熱心なファンだからこそ、「ムガリッツ」に敬意を払って細やかな機微まで捉えた貴重な記録。レストランとは? 美食とは? 味覚とは? “食後”まで無数の問いかけが余韻のように響くドキュメンタリーだ。

『ムガリッツ』

これはyouTubeの内容です。詳細はそちらでご確認いただけます。
映画『ムガリッツ』本予告|9月19日(金)ロードショー
映画『ムガリッツ』本予告|9月19日(金)ロードショー thumnail
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監督:パコ・プラサ 
脚本:パコ・プラサ、マパ・パストール
提供:ティー ワイ リミテッド 
配給:ギャガ 
後援:駐日スペイン大使館 インスティトゥト・セルバンテス東京 
原題:『MUGARITZ. NO BREAD NO DESSERT』
2024年/スペイン/カラー/96分/字幕翻訳:比嘉世津子 
第72回サン・セバスティアン国際映画祭カリナリーシネマ部門ベストフィルム

2025年9月19日よりシネスイッチ銀座ほかにて公開。

公式サイトはこちら

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